こんにちは、管理人のひかるです。
以前読んだ本の内容って覚えてますか?
私は割とすぐに忘れてしまいます。

だからこそこのブログで備忘録として、読書記録を書いています
村上春樹さんの初期の短編『パン屋襲撃』と『パン屋再襲撃』もかつて読んだはずなのですが、すっかり忘れていました。
ですので、新鮮な気持ちで加筆修正版である、
『パン屋を襲う』
を楽しむことができました。
しかも、ドイツのイラストレーターであるカット・メンシックさんの、幻想的なイラストレーション付きです。
不気味にほほ笑むドナルドたちが目印(笑)
『パン屋を襲う』はこんな本
さきほど紹介した通り、村上春樹さん初期の短編『パン屋襲撃』と『パン屋再襲撃』に手が加えられた短編です。
改変された『パン屋を襲う』と『再びパン屋を襲う』が収録されています。
村上さん自身、『パン屋を襲う』のあとがきでこのように書かれています。
両方の作品をゲラ刷りで読み返しているうちに、文章に手を入れたくなってきて、あちこちで細かく改変をくわえた。ヴァージョン・アップというか、オリジナルのテキストとは少し違った雰囲気を持つものとして読んでいただけると嬉しい。オリジナルと区別するために、タイトルも『パン屋を襲う』と『再びパン屋を襲う』に変更した。
『パン屋を襲う』より引用
『パン屋襲撃』が世に出たのは、1981年だそうです。
私、まだ生まれてないですわ。
加筆修正され、カット・メンシックさんの美麗イラストが付いたとは言え、40年以上前の作品とは思えない、色褪せない短編です。
『パン屋を襲う』のあらすじは、
腹を減らした「僕」は相棒と、町のパン屋を襲撃する。パンを強奪するかわりに、店主からワグナーを聞くことを持ちかけられる。
というわけのわからない内容です(笑)
『再びパン屋を襲う』のあらすじは、
結婚した「僕」と妻を、突然深夜に空腹感が襲う。かつてパン屋を襲撃したことを、「僕」は妻に話してしまう。すると、「僕」の呪いを解くべく、再びパン屋を襲うことに。しかし、深夜に開いているパン屋はなく、マクドナルドを襲撃する。
というこれまたわけのわからない内容です。
村上作品を要約するほど、無意味なことはありません。
村上さんファンの方は、「たしかにそうかもしれない」と納得してくださると思います。
『バースデイ・ガール』のレビューのときにも書きましたが、村上作品は村上さんの文体ありきなので、村上さんの文体を抜いて要約してしまうと、色彩を持たなくなってしまいます。
※『バースデイ・ガール』のレビュー&考察記事はこちらです↓
『パン屋を襲う』を堪能する
『バースデイ・ガール』は、「彼女」の願いごとは何だったのかという考察をしたくなりました。
でも、『パン屋を襲う』は、特に考察する要素なんてありません。
ずっと読者を笑わそうとしてくる村上春樹さんの文章を、味わうのみです。
ですので、今回はただただ私が気に入ったフレーズを味わうだけのレビューです。
パン屋を襲うことと共産党員を襲うことに我々は興奮し、そしてそれが同時に行われることに無法な感動を覚えていた。
『パン屋を襲う』より引用
腹が減ってパン屋を襲うという設定自体がコントみたいですが、終始この調子で、村上さんのユーモアが連発します。
私は初めて見たガンダムシリーズがGガンダムだったので、「ガンダム=ガンダムファイト」だと思い込みました。
同じようにもし初めて読んだ村上作品が『パン屋を襲う』だったら、「村上さんってずっと笑わそうとしてくる作家なのか」と思ってしまう人もいるかもしれません。
仕方なく我々は缶ビールを開けて飲んだ。妻はビールをそれほど好まなかったので、僕は六本のうちの四本を飲み、彼女が残りの二本を飲むことになった。
『パン屋を襲う』より引用
もし初めて読んだ村上作品が『パン屋を襲う』だったら、「村上さんって、登場人物にこんなにいっぱいビールを飲ませるの」と思ってしまう人もいるかもしれません。
これは正解ですね(笑)
村上作品では、登場人物がよくビールを飲みます。
「妻」はビールを好きじゃないのに、2本も飲み切っちゃいます。
それくらいの空腹感に襲われて、パン屋を再び襲いにいきます。
後部座席にはレミントンのオートマティック式の散弾銃が細長い干し魚のような格好で横たわり、妻の羽織ったウィンドブレーカーのポケットでは予備の散弾がじゃらじゃらという硬い音を立てていた。
『パン屋を襲う』より引用
共産党員のパン屋の呪い(ワグナーの呪い)を解くべく、パン屋再襲撃に向かいます。
デザイン・スクールで事務をやっている「妻」がどうして散弾銃を持っていたのか。
その後も、「妻」は慣れた手つきで、車のナンバープレートを粘着テープで隠し、マクドナルドに入店。
『1Q84』の青豆もスポーツインストラクターでしたが、裏の顔は暗殺者でした。
もし私の妻が、実は散弾銃を持っていて、パン屋を襲おうと言い出しても、「僕」のようにすんなり受け入れられるだろうか。

どうだろう。
そういうことは、あるかもしれないし、ないかもしれない。
ただ大量のハンバーガーを要求する強盗犯に、店員たちも混乱します。
「悪いとは思うけれど、パン屋が開いてなかったのよ」と妻がその女の子に説明した。「もしパン屋が開いていれば、ちゃんとパン屋を襲ったんだけれど」
『パン屋を襲う』より引用
「妻」の中では筋が通っている。
でも、襲撃されたマクドナルドの店員には、さっぱり筋が通っていない。
東京03にコントにしてもらい、飯塚さんにツッコミを入れてもらいたいシチュエーションです。
現実では、こちらの論理が通じない相手って怖いですよね…
こうして「僕」と妻は、マクドナルドから30個ものハンバーガーを強奪しました。
「僕」と妻にかけられた、共産党員のパン屋の呪い(ワグナーの呪い)は解けたのでしょう。
まとめ:『パン屋を襲う』村上春樹さん初期の愉快な短編を堪能【書評14】
ページをめくると、マクドナルドのキャラクター、ドナルドとちょくちょく視線が合います。
襲撃されても微笑み続けるドナルドが、『パン屋を襲う』のユーモアを象徴しているようです。
ダークグリーンとゴールドを基調とした、カット・メンシックさんのイラストとともに、村上春樹さんの愉快な物語を堪能できました。