村上春樹さんの短編『図書館奇譚』イケメン羊男を考察【書評16】

書評16図書館奇譚 小説

こんにちは、管理人のひかるです。

村上春樹作品にちょくちょく登場する羊男。

村上さん直筆の羊男や、佐々木マキさんバージョンの羊男が有名でしょうか。

管理人ひかる
管理人ひかる

私は佐々木マキさんが描く羊男が好きです

今回紹介する短編『図書館奇譚』の登場する羊男は、ドイツ人イラストレーターのカット・メンシックさんが描きました。

目がりりしく、鼻が高くイケメン(笑)

お話に登場する羊男は、背が低くて、気が弱くて、佐々木マキさんバージョンがぴったりなんですが、こんな羊男も存在する世界線なんだと考えて読了。

『図書館奇譚』はこんな本

『図書館奇譚』は村上春樹さん初期の短編です。

ただ、何度もリライトされています。

オリジナル版(ヴァージョン1)は1983年の『カンガルー日和』に収録されています。

そこに手を加えられたヴァージョン2は『村上春樹全作品1979~1989』に収録されています。

ヴァージョン3は、佐々木マキさんと子ども向けに絵本化&リライトされた『ふしぎな図書館』。

そして、ドイツ人イラストレーターのカット・メンシックさんの絵をまとったヴァージョン4が、今回私が読んだ『図書館奇譚』。

あらすじは、

本を返しにきた少年「ぼく」は、謎の老人によって、図書館の地下に閉じ込められてしまう。不思議な美少女と、羊男とともに、新月の夜に図書館の地下から脱走することに。

という図書館の地下から脱走する物語です。

また、アメリカ版・イギリス版・ドイツ版・日本版の4種類の絵本が作られているそうです。

村上さんは『図書館奇譚』のあとがきで、次のように書かれています。

ちなみにこの作品はなぜか、デザイナーやイラストレーターの創作意欲をそそるらしく、現在アメリカとイギリスとで、それぞれ異なったデザインでの『図書館奇譚』絵本化プロジェクトが進行している。(中略)もしできれば読み比べて(見比べて)いただきたいと思う。きっと「同じ文章の内容で、これほどまでに違うものか」と、驚嘆されるに違いない。

『図書館奇譚』より引用

村上さんの熱狂的なファン「ハルキスト」の皆様は、お読みになっているかも。

『図書館奇譚』を考察&堪能(※ネタバレあり)

村上春樹さんの本はストーリーも文体も好きなのですが、『図書館奇譚』はそれほどハマれませんでした…

ストーリー的には、もっと長編で描いてほしい気がしまして。

表現も美しいのですが、既視感が強いというか、いつもほど鳥肌が立つほどでもなく…

初期の作品なので『図書館奇譚』が本家で、新しい村上作品に「既視感」を覚えるべきかもしれませんが。

いずれにせよ、村上さんへの期待値が勝手に高くなり過ぎていたんだと思います。

ねこちゃん
ねこちゃん

そうかもしれないし、そうでないかもしれない

カット・メンシックさんがイラストレーターを書いた短編なら、考察せずにはいられない『バースデイ・ガール』と、笑わずにはいられな『パン屋を襲う』が好み。

※『バースデイ・ガール』の考察&レビューはこちらです↓

※村上さんのユーモアが炸裂する『パン屋を襲う』のレビューはこちらです↓

とはいえ『図書館奇譚』もおもしろかったですし、ついつい考察しちゃいました。

村上さんの文章を味わいつつレビューします。

  • はげ方は人好きずき
  • 羊男は弱い「ぼく」自身?
  • 母親から美少女へ
  • 脳みそを吸われる…だと?
  • 羊男はテニスシューズを履いている

の5点を。

はげ方は人好きずき

村上春樹さんの小説では、容姿やしぐさの描写に、心吸い寄せられることがあります。

「耳の美しい女性」なんかはよく登場しますね。

一方で、『図書館奇譚』の老人についてはほぼ悪口(笑)

老人は禿げて、度の強い眼鏡をかけていた。今ひとつすっきりとしない禿げかただった。ちりちりとねじれた白い髪が山火事のあとみたいな感じで頭皮にしっかりとしがみついていた。いっそのこと全部剃ってしまえばいいのにとぼくは思った。でもそういうのはもちろん人好きずきだ。他人が口を出す問題じゃない。

『図書館奇譚』より引用

そう、人が口出しすることじゃない。

もしかしたらまったく自分の容姿を気にしていないかもしれないし、あるいは、その髪型を気に入っているのかもしれない。

いずれにせよセンシティブな物事なのだ。

「ぼく」は子どもだけれど、言っていいことと、言うべきでないことの区別はできている。

やれやれ。

管理人ひかる
管理人ひかる

村上作品を読むと、少しの間、文体が村上さん風になってしまいませんか?

羊男は弱い「ぼく」自身?

老人と同様、重要な登場人物(羊)である「羊男」。

どうして羊男じゃないといけなかったのか、他の人物じゃダメだったのでしょうか?

『図書館奇譚』の羊男は、ちょっと弱気な性格です。

おいらだってそうさ。でもほら、世の中ってそういうもんだからさ。

『図書館奇譚』より引用

達観しているというよりも、地下室から出ること、老人に逆らうことを諦めている様子。

この性格は、「ぼく」の性格とも共通しています。

僕は命令に従うのがとてもうまい。

『図書館奇譚』より引用

まだ子どもである「ぼく」は、「従順」な少年として描かれています。

でも、その従順な少年が、羊男・美少女とともに、図書館の地下室から脱走する。

ということは、羊男は「ぼく」の気弱で従順な一面なのではないかと思うのです。

別の人物が「ぼく」を導いてしまうと、それは僕の「自由意志」で図書館の地下から脱出したことにはならない。

やっぱり「ぼく」と脱走するのは、羊男でなければならなかったと思うのです。

母親から美少女へ

また、謎の美少女も登場します。

彼女は実体がないらしく、突然現れたり消えたりしてしまいます。

主人公である「ぼく」は、この美少女に導かれるように、図書館の地下からの脱出を試みます。

『オスマン・トルコ収税吏の日記』を読んでいる「ぼく」の世界にも、美少女は現れます。

ベッドでは三人の妻のうちの一人である美少女がぼくを待っていた。(中略)ぼくは蚊屋のかかった広いベッドの上で彼女を抱いた。

『図書館奇譚』より引用

どうやら「ぼく」は、美少女の恋してしまったようです。

『図書館奇譚』には、もう一人、女性の登場人物がいます。

「ぼく」の母親です。

家では母親が心配しているに違いない。夜中になってもぼくが帰らなかったら発狂してしまうかもしれない。

『図書館奇譚』より引用

さきほど羊男は、「ぼく」の従順さの象徴じゃないか、と書きました。

「ぼく」が従順にしていた1番の相手が、母親だったのではないでしょうか?

「ぼく」が図書館の地下に来たときに、「自由意志」かどうかを問われるんです。

これまで子どもだった「ぼく」は、「自由意志」かどうかなんて考えたことがきっとなかった。

「母親」を心配させたくないことを第一に考え、ペットである「むくどり」と同様、母親の保護下・管理下にいる。

でも、どこかでそんな「母親」をうとましく感じていた。

管理人ひかる
管理人ひかる

後にムクドリは巨大化し、「ぼく」のトラウマ犬を破壊します

その結果、母親に買ってもらった革靴を地下に残し(名残惜しいけれど)、美少女とともに地下から脱出。

一方母親は…。

「ぼく」が心配性の母親から巣立っていく

その象徴が「謎の美少女」と「むくどり」だったのだと思いました。

脳みそを吸われる…だと?

「ぼく」は図書館の地下室にとらわれ、脱走しないと脳みそをチューチュー吸われるんだとか。

図書館の本を無償で読むことに対する等価交換にしては恐ろしい罰則です。

「でも脳味噌を吸われちゃったあとはどうなるんですか?」
「残りの人生をぼんやりと、夢見ながら暮らすんだよ。悩みもなきゃ、苦痛もない。イライラもない。時間の心配をしたり、宿題の心配をしたりしなくてもいい。どう、悪くないだろう?」

『図書館奇譚』より引用

「ぼく」の質問に対して、羊男はそう答えています。

子どもって、時間の心配をせず、遊びに没頭しますよね。

でも、子どもでも、悩みもありますし、宿題の心配もしなくちゃならない。

脳味噌を吸われちゃうと、子どものように、子どもですらない存在になってしまいます。

ここまで読むと、「脳味噌を吸われる」というのは、母親に従順に従い続けてスポイルされてしまうことのメタファーなのではないかとか思えてきます。

羊男はテニスシューズを履いている

「ぼく」は、心配性の母親の象徴とも思える「革靴」を履いています。

靴音で老人に気づかれるかもしれないので、「ぼく」は大切な革靴を脱ぐ決心をします。

一方、羊男はテニスシューズを履いています(イラストでは裸足)。

革靴でもない裸足でもない、柔軟な「テニス・シューズ」。

テニスシューズ」は、母親に従うでもない、反抗するでもない、その間の関係性なのでしょうか?

考えすぎか…

ねこちゃん
ねこちゃん

ただただ羊男がテニスシューズを履いてたら、おもろいやん!

と済ませてしまいたい自分と、深読みしたい自分がいます。

まとめ:村上春樹さんの短編『図書館奇譚』イケメン羊男を考察【書評16】

『図書館奇譚』のメタファーを考察してきましたが、

思春期を迎え、大切にしたいけれど疎ましい心配性の母親から巣立つ物語

というのが私の解釈でした。

みなさんはどのように読まれたでしょうか?

『図書館奇譚』にそれほどハマれなかった…なんて書きつつ、ついつい考察しちゃいました。

タイトルとURLをコピーしました