『騎士団長殺し』第1部(上)不気味に幕を開ける村上春樹ワールド【書評25】

騎士団長殺し第1部上巻 小説

こんにちは、管理人のひかるです。

仕事のスケジュールが狂って、少しイライラしていた日に、カバンに入れていて読み始めた本です。

村上春樹作品の主人公はたいてい、ていねいに料理をし、ゆっくりと音楽を聴きます。

村上さんの小説を読むと、変な自己啓発書を読むよりも「ていねいに生きよう」と思わされます。

ただ、この本はどこかホラー調で不気味に幕が上がりました。

『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編(上)』

です。

『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編(上)』はこんな本

村上春樹さんの長編小説で、

  • 第1部 顕れるイデア編
  • 第2部 遷ろうメタファー編

に分かれ、文庫本ではそれぞれ上下巻に分かれるため、合計4分冊となっています。

私が読んだのは1番はじめの第1部上巻にあたります。

管理人ひかる
管理人ひかる

上下巻の表記だと、もしかしたら中巻がある可能性があるから、何分冊かわからんやん!と昔どこかの言語学者が言っていました

『騎士団長殺し 第1部(上)』のあらすじは、こんな感じ↓

主人公「私」は、36歳の肖像画家。
突然、妻から別れを伝えられ、傷心のドライブに出る。
車も壊れ、友人の父が暮らしていた山荘で静かに暮らすことになる。
友人の父は著名な日本画家・雨田具彦で、彼の未発表作品と思われる絵画『騎士団長殺し』を屋根裏で見つける。
また、「顔のない依頼人」から法外な値段で肖像画を描いてほしいという依頼が舞い込んでくる。
そして、山荘の敷地のどこかから、深夜に聞こえてくる鈴の音。
「私」は知らず知らずに、しかし、確実に不思議な事件に巻き込まれていく。

4分冊の上巻ですから、起承転結の「起」。

物語の起こり部分なので、あらすじを読んだところで「なんのこっちゃ」です。

しかも、村上春樹さんの小説って、要約すると味気ないものになってしまいます。

村上さんの文体・表現があってこそですから。

『騎士団長殺し』第1部上巻に残された謎

第1部上巻には、伏線やまだ明かされない謎がいくつも登場します。

下巻を読む前に、備忘録がわりに整理しておきます。

※一部ネタバレしますので、ご注意ください。

  • プロローグの<顔のない男>とペンギンの人形
  • 一度だけ例外的に寝た女
  • 絵画『騎士団長殺し』と「顔なが」
  • 雨田具彦が日本画家に転向した経緯
  • 免色渉の目的
  • 石室から出てきた「鈴のようなもの」

の6つです。

詳しく紹介しておきます。

プロローグの<顔のない男>とペンギンの人形

『騎士団長殺し』は、夢のようなプロローグから始まります。

顔のない男」が「私」に肖像画を描くように催促するシーンです。

顔のない人間の肖像画が書けるわけがなく、「私」は戸惑います。

そして、肖像画の代価として「顔のない男」に渡した「ペンギンの人形」を返されます。

「これは返そう。おまえはおそらくこれを必要としているだろう。この小さなペンギンがお守りとなって、まわりの大事な人々をまもってくれるはずだ。ただしそのかわりに、おまえにわたしの肖像を描いてもらいたい」

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

本編で「私」は、傷心ドライブ中に携帯電話を捨てます。

ペンギンの人形は、携帯電話のストラップとしてつけられていたとプロローグで書かれていましたが、携帯電話を捨てるシーンでは、特に描かれていません。

このプロローグは、「私」の肖像画家としてのスランプを意味しているのか?

「顔のない男」は、いったい何者なのか?

ペンギンの人形は、いずれ「私」の大切な人たちを守ってくれるのか?

第1部上巻では、回収されなかった伏線です。

一度だけ例外的に寝た女

村上春樹作品と言えば、性描写です。

しかも、主人公(男)は割と唐突に、しかも、脈絡なく性行為に突入します。

『騎士団長殺し』でも、主人公の「私」は絵画教室の講師をしながら、生徒の人妻と関係を持ちます。

管理人ひかる
管理人ひかる

いや、あかんやろ

村上作品おなじみの性行為について、1つ伏線が張られます。

そして私も、結婚してから妻以外の女性と寝るのは初めての経験だった(いや、一度だけ例外的に一人の女とベッドを共にしたことがある。でもそれは私が望んだことではなかった。その事情についてはもっとあとで語ることになる)。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

ストーリー上、何か重要な人物と関係を持つのかもしれません。

それにしても、ピロートークで「すだち」と「リサイクル」はどうなのでしょう(笑)

絵画『騎士団長殺し』の「顔なが」

物語の核心になる謎が、絵画『騎士団長殺し』に描かれた「顔なが」です。

『騎士団長殺し』は、日本画家である雨田具彦によって描かれました。

騎士団長という呼び名はヨーロッパ風ですが、描かれている人物たちは日本の飛鳥時代のもの。

登場人物はモーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』の「騎士団長殺し」のシーンをモチーフにしていると「私」は思い至ります。

描かれている飛鳥風の人物たちは、それぞれ「騎士団長殺し」の登場人物に対応します。

  • 剣を突き立てる若者=放蕩者ドン・ジョバンニ(ドン・ファン)
  • 剣を突き立てられた男=騎士団長
  • 若い女=騎士団長の娘
  • もう一人の男=ドン・ジョバンニの召使

しかし、1人だけ謎の人物が、そこに描かれています。

そしてもう一人、そこには奇妙な目撃者がいた。画面の左下に、まるで本文につけられた脚注のようなかっこうで、その男の姿はあった。男は地面についた蓋を半ば押し開けて、首をのぞかせていた。(中略)
彼は曲がった茄子のような、異様に細長い顔をしていた。そしてその顔中が髭だらけで、髪は長くもつれていた。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

その明らかに場違いな人物を、私は「顔なが」と命名します。

一体、「顔なが」は何者なのか?

雨田具彦は、どうして「顔なが」を描いたのか?

不気味な「顔なが」の謎は、物語の核心として残りそうな気がします。

雨田具彦が日本画家に転向した経緯

『騎士団長殺し』を描いた雨田具彦も、ストーリーの核を握る重要人物です。

彼は、もともと西洋画家でしたが、あるときを境に日本画家に転向します。

雨田具彦の息子である政彦と「私」は、具彦について話し合います。

「お父さんがウィーンにいたのは、1936年から39年にかけてだったね?」(略)
「そしてウィーンから日本に戻ってきて、突然日本画家に転向した」と私は言った。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

第二次世界大戦が近づくヨーロッパで、雨田具彦の身に何が起こったのか謎が残りました。

また、具彦は若いころ「やりたい放題」で女遊びをかなりしていたようです。

そんな具彦と、放蕩者ドン・ジョバンニとの関係も気になるところ。

もし、『騎士団長殺し』に描かれたドン・ジョバンニが雨田具彦自身だとすれば、剣を突き立てられた騎士団長は一体誰なのでしょうか?

免色渉の目的

『騎士団長殺し』のもう1人の重要人物が「免色渉」です。

「私」に法外な価格で肖像画を描くよう依頼してきた人物。

しかも、免色は、「私」が住む雨田具彦邸の谷向かいの豪邸に住んでいる人物でした。

それでは免色という人物はいったい何を私に求めているのだろう? 彼の目的はどこにあるのだろう? 彼はどのような筋書きを私のために用意しているのだろう?

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

洗練された身のこなしをして、白髪の裕福な男。

第1部上巻の後半に登場する「鈴事件」でも、免色は「私」に協力的です。

その後、免色の人生の一部が、彼に語られることによって明かされます。

しかし、免色が何のために、「私」に近づいてきたのかは謎のまま。

この謎も、物語の核心に関わるものだと思われます。

管理人ひかる
管理人ひかる

「色を免れる」という名前を見て、色彩を持たない多崎つくる氏を思い起こしたのは私だけではないはず

石室から出てきた「鈴のようなもの」

物語はさらに動き出します。

「私」が眠っていると、深夜2時前後に敷地のどこからか鈴の音が聞こえてきます。

その音が、雨田具彦宅の敷地内の地面の下から聞こえてくることが判明。

免色はその人脈と財力を使って、「私」が地面を掘り返すことに協力します。

誰かが意図的に作った石室の中には、鈴のようなものが安置されていました。

ただ鈴のようなものがひとつ、底にぽつんと置かれている。それは鈴というよりは、小さなシンバルをいくつか重ねた古代の楽器のように見えた。長さ十五センチほどの木製の柄がついている。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

「ヤバいもの」を掘り出してしまったのではないか…

即身仏、つまり、僧のミイラが発掘されるのではないかと思われましたが、そうではなかった。

この怪しい鈴のようなものの登場で、第1部上巻は終わっています。

村上ワールドを味わう

村上春樹さんの小説を読むのは、ストーリーを楽しむのはもちろん、その文体や表現を味わうためでもあります。

『騎士団長殺し』では、各章のタイトルが「村上ワールド」というか「村上ワード」となっているのも1つの特徴です。

私に刺さった箇所をピックアップして紹介します。

  • 四十歳という年齢は人にとってひとつの分水嶺なのだ
  • 彼女の顔を忘れないために
  • あるいはそういうことになるかもしれません

の3つです。

四十歳という年齢は人にとってひとつの分水嶺なのだ。

『騎士団長殺し』を読んだとき、私は39歳。

どうしてもこの表現に惹きつけられざるを得ませんでした。

四十歳になるまでに、なんとか画家として自分固有の作品世界を確保しなくてはならない。(略)四十歳という年齢は人にとってひとつの分水嶺なのだ。そこを越えたら、人はもう前と同じではいられない。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

私自身30歳の頃に独立し、10年近く試行錯誤を続けてきました。

40歳が近づくにつれて、自分がどういう働き方・生き方をしていくのか、ある程度決めなければならないとも感じていました。

いよいよ分水嶺となり40歳を迎えます。

その向こう側には、どんな川が流れているのか、不安でもあり楽しみでもあります。

彼女の顔を忘れないために

「私」には妹がいました。

「いました」というのは、彼女は12歳で心臓の病によって人生を終えてしまったからです。

妹が亡くなったとき、「私」は彼女の絵を描きました。

彼女の顔を忘れないために自分の記憶の中にあるその顔を、いろんな角度からスケッチブックに再現していった。もちろん妹の顔を忘れたりするわけがない。私は死ぬまで彼女の顔を忘れないだろう。

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

村上さんの作品でこんなにも悲しいフレーズと出会ったことあったかな…

「私」には顔をインプットする能力があり、肖像画家としての仕事に活かされています。

また、「私」が閉所恐怖症であることも、妹と関わっています。

妹と閉所恐怖症も、物語の後半のキーワードになりそうです。

あるいはそういうことになるかもしれません

村上春樹っぽいこういう表現を読むと、なんか落ち着くんですよね。

実際には、何も言っていないに等しいのに(笑)

あるいはそういうことになるかもしれません

『騎士団長殺し 第1部(上)』より引用

こういうセリフがあることによって、読者は「そういうこともあるんだな」と思るのでしょうか。

あるいはそうかもしれません。

ねこちゃん
ねこちゃん

やれやれ

まとめ:『騎士団長殺し』第1部(上)不気味に幕を開ける村上春樹ワールド【書評25】

村上春樹さんの長編『騎士団長殺し』の第1部上巻を紹介しました。

早く続きを読みたい(というか読んでいます)。

「村上春樹はよく知らないから長編はちょっと…」とためらっている人には、村上さんの短編小説もおすすめです↓

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