こんにちは、管理人のひかるです。
長編小説を読んでいると、読み終える達成感と、「まだ終わってほしくない」という気持ちがせめぎ合います。
『騎士団長殺し 第2部(下)』村上春樹
読了です。
しっかりと回収された伏線もあれば、解決されなかった謎もありました。
考察しつつ、『騎士団長殺し』を振り返ります。
『騎士団長殺し 第2部(下)』はこんな本
『騎士団長殺し』は、村上春樹さんの長編小説です。
第1部『顕れるイデア編』と第2部『遷ろうメタファー編』に分かれ、文庫版ではそれぞれ上下巻に分かれます。
つまり、今回読み終わったのは、4分冊の4冊目にあたります。
『騎士団長殺し 第2部(下)』のあらすじは、
秋川まりえが行方不明になった。
騎士団長(イデア)の予言通り、「私」に雨田政彦から電話がかかってくる。
「私」は政彦とともに、容体が良くない雨田具彦の見舞いに行くことになった。
そこに顕れたのは、騎士団長(イデア)と顔なが。
まりえを救い出すために、「私」は犠牲を払い、メタファーの世界へ。
暗く狭いメタファー通路だったが、「私」は孤独ではなかった。
「私」に手を差し伸べてくれたのは…
そして、遷ろうメタファーの先に、「私」が見出したものは…
こんな感じです。
村上春樹さんの小説は、あらすじだけ読むと味気なくなってしまいます。
(何度も書きますが)村上さんの表現・文体があってこその村上作品です。
ストーリーを楽しみつつも、村上さんの文章を長編でじっくり味わえます。
『騎士団長殺し 第2部(下)』で回収された伏線
いよいよ結末を迎える第2部下巻。
『騎士団長殺し 第2部(上)』までの謎が明かされていきます。
主だった伏線回収はこちら↓
- 雨田政彦の出刃包丁はどこへ行ったのか?
- 騎士団長の言う「犠牲」とは何なのか?
- プロローグの〈顔のない男〉、ペンギンの人形、「顔なが」
- 白いスバル・フォレスターの男
- イデアは「私」にだけ見えているのか
- 免色渉は信用できる人物なのか
1つ1つ振り返っていきます。
ネタバレになりますので、未読のかたはご注意ください。
※『騎士団長殺し 第2部(上)』のレビュー記事はこちらです↓
雨田政彦の出刃包丁はどこへ行ったのか?
政彦が泊まりにきたときに、魚をさばいた出刃包丁が行方不明になっていました。
この出刃包丁は、「私」が秋川まりえを救い出すために必要なアイテムになります。
そして、その出刃包丁を持ち去ったのは(おそらく)イデアでした。
騎士団長の言う「犠牲」とは何なのか?
騎士団長は「私」にヒントとして、「いくつかの犠牲が出るかもしれない」と言っていました。
その犠牲とは、騎士団長を殺すことでした。
そのための道具が、政彦の出刃包丁だったのです。
父であり、高名な日本画家である雨田具彦に対して、複雑な感情を抱いていた政彦の持っていた出刃包丁が、父が描いた騎士団長を刺し殺しました。
『騎士団長殺し』は具彦にとってのメタファーであるとともに、息子である政彦にとってのメタファーでもあったのかもしれません。
その後、衰弱した具彦は、息をひきとります。
「私」だけでなく、政彦も人生の次のステップへと踏み出していくことになります。
プロローグの〈顔のない男〉、ペンギンの人形、顔なが
「私」はその出刃包丁で、騎士団長を刺し殺しました。
そこに現れたのは絵画『騎士団長殺し』に描かれていた、「顔なが」でした。
彼は絵画と同様に、騎士団長が指されるシーンを見ていたのです。
「私」は顔ながをつかまえ、まりえ救出につながるヒントを探します。
「わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります」(略)
『騎士団長殺し 第2部(下)』より引用
「そうです。ただのつつましい暗喩であります」(略)
「わたくしはただのしがない下級のメタファーです。上等な暗喩なぞ言えません」
騎士団長はイデアであり、あらゆることを見て知っている存在でした。
一方、顔ながはメタファーであり、暗喩によって何かと何かをつなぐ存在でしかないようです。
その顔なが(メタファー)を通じて、「私」はメタファー通路へと入っていきました。
メタファーの世界の川に現れたのが、プロローグに登場した「顔のない男」。
彼は、メタファーの世界での「渡し守」でした。
「私」は、プロローグというメタファーでは、顔のない男からペンギンの人形を渡されました。
現実では、雨田具彦邸の穴で発見されます。
因果はよくわかりませんが、顔のない男の言うとおり、そのペンギンの人形は結果的にまりえを救い出してくれたのでしょう。
※『騎士団長殺し 第1部(上)』のレビュー記事はこちらです↓
白いスバル・フォレスターの男
絵画『騎士団長殺し』は、雨田具彦にとってのメタファーでした。
一方、『白いスバル・フォレスターの男』は、「私」にとってのメタファーのようです。
「イデアが騎士団長の姿かたちを借りたのと同じように。あるいはぼくはそこに、自分自身の投影を見ているだけなのかもしれない。(略)ぼくはいつかその絵を完成させたいと思っている」
と「私」は語っています。
どちらの絵画も、どちらの画家が描かずにはいられなかった絵。
雨田具彦は直接的に表現することはできず、日本画家に転向してまで書き上げた絵。
ただ、具彦のイデアは大きすぎ、また、技術も高すぎて、その絵(メタファー)を見た「私」は感化されて環を開いてしまいました。
もしかしたらいずれ「私」が描くことになる「白いスバル・フォレスターの男」も、いずれは他人を巻き込む力を持つメタファーになるのかもしれません。

あるいはそうでないかもしれない
イデアは「私」にだけ見えているのか
ちょくちょく顕れ、「私」を「諸君」と呼んでいたので、「イデアは『私』以外にも見えるのでは?」と予想していましたが、正解でした。
雨田具彦にも、秋川まりえにも見えました。
秋川まりえの前には、「私」と同様、騎士団長の姿でイデアは現れました。
まりえは絵画『騎士団長殺し』を目にしていたので、その姿で登場するのが(イデアの言葉を借りるなら)「必然の帰結」でした。
しかし、雨田具彦の目には、どのような姿でイデアが見えていたのかは謎のまま。
彼には騎士団長の姿が見えているのだ。そして彼の顔が浮かべているのは紛れもない驚愕の表情だった。(略)
「私は要するにイデアなのだ。場合により、見る人により、あたしの姿は自在に変化する」
「雨田さんの目には、あなたはどのように映っているのですか?」
「それはあたしにもわからん。あたしはいうなれば、人の心を映し出す鏡に過ぎないのだから」
雨田画伯の目には、誰が見えていたのでしょうか?
それにしても、イデアさん。
「私」に話すときはなぞかけのようで不親切ですが、まりえに話すときの方が具体的で親切ではありませんか?笑

イデアさん、優しいやん
免色渉は信用できる人物なのか
少しずつ免色氏の思惑が明らかになっていましたが、信用できる人物なのかはずっと謎でした。
「娘かもしれない」秋川まりえの近くに住み、こっそりとのぞき見、彼女の絵を「私」に描かせる。
どうやら彼は、その偏った目的のためだけに、生きているようでした。
どんなことも高水準にできる能力、経済力、そして、意志の強さを持っている免色です。
しかし、免色は「まりえ」とその母親という存在に縛られて生きていました。
「私」は免色について、次のようにまりえに語っています。
「免色さんだっておそらく未完成だ」
インサイダー取引容疑で東京拘置所にいたいう話で、読者は免色に疑いを向けてしまいますが、容疑は彼のビジネスパートナーのせいでした。
むしろ、彼の意志の強さを際立させるエピソードでした。
打算があって「私」に近づき、結果的に秋川笙子と関係を持ちましたが、悪意を持った人間ではなさそうでしたね。
【考察】『騎士団長殺し 第2部(下)』で残された謎
いくつかの謎が明かされる中、はっきりと明かされなかった謎もあります。
- 絵画『騎士団長殺し』の意味と雨田具彦が日本画家に転向した理由
- 「ふりだけでは終わらない要因」とは?
- 「私」はまりえを本当に助けたのか?
- クローゼットの前に顕れたのは誰だったのか?
などでしょう。
私なりに考察してみました。
絵画『騎士団長殺し』の意味と雨田具彦が日本画家に転向した理由
結局、絵画『騎士団長殺し』が何のメタファーだったのかは、わかりませんでした。
「私」が雨田具彦に直接問いかけていたことが、正解だったのかもしれません。
つまり、第2次世界大戦で経験したつらいできごとを、絵として描かざるを得なかったということなのかもしれません。
ただ、具彦は語ることができないまま旅立っていきました。
雨田画伯が実際に、ウィーンでどんな経験をし、弟に対して何を思い、『騎士団長殺し』にどんなメッセージを込めたのかは謎のままでした。
ただ、「私」が『白いスバル・フォレスターの男』を現段階では書きあげられなかったのと同様、雨田具彦も日本画家に転向してからでなければ、『騎士団長殺し』を描き上げられなかったのだろうと考察できます。
「ふりだけでは終わらない要因」とは?
「行為」の最中に、「私」は女の首をしめました。
女から乞われて首をしめましたが、「ふりだけでは終わらない要因」が、「私」のなかにあったと、第1部下巻で書かれていました。
※『騎士団長殺し 第1部(下)』のレビュー記事はこちらです↓
「ふりだけでは終わらない要因」とは、「私」の中に隠された「凶暴性」ではないかと、私は思います。
そして、「白いスバル・フォレスターの男」は、「私」の中の凶暴性に気づくためのメタファーだったのではないかと。
その凶暴性を、「私」がうっすらと自認していたからこそ、いざというときに騎士団長(イデア)に出刃包丁を突き刺すことができたのではないでしょうか?
「私」は本当にまりえを助けたのか?
読み終わってからふと疑問に思ったのですが、「私」は秋川まりえを本当に助けたのでしょうか?
彼女は、騎士団長(イデア)のアドバイスに従い、自分の知恵と行動力で窮地を脱したようにも見えます。
免色邸から抜け出したのは、ハウスクリーニングが来たからでした。

イデアさん、刺され損?
もちろん「私」が鈴の音を聞き、イデアを穴から連れ出しました。
また、絵画『騎士団長殺し』をまりえに見せたのも「私」です。
そのおかげで、彼女も騎士団長(イデア)の姿が見えるようになったと考えれば、「私」がまりえを救ったと言えるかもしれませんが。
また、さきほど書いた通り、「私」が顔のない男(渡し守)にペンギンの人形を渡したことで、まりえに何らかの良い影響があったのかもしれません。
ペンギンの人形の代わりに、秋川まりえを守ってくれたもの…
クローゼットの前に顕れたのは誰だったのか?
秋川まりえの新しい「護符」は、彼女の母の衣服でした。
まりえの母の衣服を、免色は大切に保管していました。
まりえ自身は知りませんが、クローゼットの中で母に守られていたのです。
しかし、まりえが隠れたそのクローゼットの前に、じっと立っていた人物がいました。
まりえが潜伏していたことに免色氏は気づいていませんでした。
では、誰がクローゼットの前に、立ち尽くしていたのでしょうか?
騎士団長(イデア)とまりえは、このように話しています。
「さっきクローゼットの前にじっと立っていた人は、免色さんだったのですか?」
「それは免色くんであると同時に、免色くんではないものだ」
「免色さん自身はそのことに気づいているのですか?」
「おそらく」と騎士団長は言った。「おそらくは。しかし彼にもそれはいかんともしがたいことであるのだ」
つまり、クローゼットの前に立っていたのは、免色であることは間違いない。
でも、免色本人ではない。
免色にとってのイデアは、まりえが自分の本当の娘であること。
彼女の母親の衣服は、そのイデアへのよりどころ(メタファー通路)なのかもしれません。
クローゼットの前に顕れたのは、そうせずには生きてはいけない、免色の姿をした彼の「宿痾」か…。
それにしても、誰に対してもそっけない態度を取る秋川まりえですが、騎士団長に対しては敬語をきちんと使っているのが素敵です。
そんな彼女には、イデアもついつい親切になっちゃったんでしょうね。
まとめ:『騎士団長殺し 第2部(下)』残された謎を考察【書評30】
秋川まりえの父親が宗教にのめり込んでいましたが、これは本筋には無関係でした。
『1Q84』を読んでいると、ついつい身構えてしまいますが。
また、「むろ」の父親は結局だれだったのか?という謎も残りました。
しかし、「私」自身はどうでもいいと考えているようでした。
むろは自分の「娘」であり、ユズ、亡き妹とのつながりが感じられる「私」には、そんな証明は必要ありません。
「私」がイデアと出会い、メタファーを乗り越えて見つけたものは、そのつながりだったようです。



