こんにちは、管理人のひかるです。
本って、装丁や紙質、イラストも含めて1つの作品です。
今回紹介するのは、ドイツのイラストレーターがイラストを担当した、
村上春樹さん『バースデイ・ガール』
という短編です。
美しいイラストレーションをまとった短編なので、村上春樹のファン「ハルキスト」はもちろん、村上さんの本が初めてという人にも手に取りやすい作品です。
本作の最大の謎「『彼女』の願いごとは何だったのか」を考察します!
※感想にはネタバレを含みますので、ご注意ください。
『バースデイ・ガール』はこんな本
「誕生日」にまつわる短編を翻訳してアンソロジーを作ろうと、村上春樹さんは考えたそうです。
ただ、翻訳したものの量が足りず、ご自分で「バースデイ・ストーリー」を書き加えたとのこと。
それがこの『バースデイ・ガール』です。
あらすじは、こんな感じ↓
20歳の誕生日にウェイトレスのアルバイトに行かなければならなくなった「彼女」。顔を見せることのないレストランのオーナーに、食事を届けることになります。姿を見せた老人は、彼女の誕生日に乾杯し、彼女の願いを1つ叶えてくれると言います。彼女はある願い事をしました。
うーん、村上さんの小説を要約すると、途端に文章から生気が消えてしまいます…
村上さんの文体が、作品の一部、作品そのものを成しているからでしょう。
その文体を取り去って内容をまとめてしまうと、村上さんの作品ではなくなってしまう気がします。

なるほど。
あるいは、そうかもしれない。
また、ドイツのイラストレーターであるカット・メンシックさんが『バースデイ・ガール』が彩っています。
赤を基調とし、美しく大胆であるけれども、不思議なイラストレーション。
村上春樹さんの世界観・文体に、合っているように感じました。
村上春樹の文を味わう
村上作品はストーリーにぐいぐいと引き込まれていきます。
『バースデイ・ガール』は短編ですが、その世界に没入することができます。
また、ストーリーだけでなく、村上さんの表現にも浸りたくなりますね。
額には深いしわが何本も刻まれ、それは航空写真に撮られた深い渓谷を連想させた。
『バースデイ・ガール』より引用
老人の額のしわをクローズアップしたかと思うと、急に空から渓谷を俯瞰させる…
別に、村上さんの新刊が出版されたらすぐに買ったり、ノーベル文学賞受賞を心待ちにするハルキストではありません。
でも、こういう表現を読むと惚れ惚れし、何か大切な栄養を摂取できたような気持ちになります。
「私が言いたいのは」と彼女は静かに言う。そして耳たぶを掻く。きれいなかたちをした耳たぶだ。
『バースデイ・ガール』より引用
耳の美しい女性は本作にも出てきます。
村上さん、「耳フェチ」ですね(笑)
ストーリーはわかっているのに、村上春樹作品は何度も読んでしまう。
こういう描写のディテールが、飽きさせないんですよね。
考察:「彼女」の願い事は何だったのか?
さて、ここからは『バースデイ・ガール』最大の謎、「彼女」が老人にした願いごとが何だったのかを考えていきます。
※「ネタバレ注意」と最初に書いておきながら、「彼女」の願いは最後まで明かされないので、ネタバレしようがありません。
レストランのオーナーである老人は、「彼女」に言います。
「お嬢さん、君の望むことだ。もし願いごとがあれば、ひとつだけかなえてあげよう。それが私のあげられるお誕生日のプレゼントだ。しかしたったひとつだから、よくよく考えた方がいいよ」
『バースデイ・ガール』より引用
この不思議な申し出に、「彼女」は何と答えたのでしょうか?
ヒントとなるのは、主に4つ。
- 「普通の女の子が願うようなこと」ではない
- 人間は「自分以外にはなれない」
- 「時間が重要な役割を果たす」類のもの
- カット・メンシックさんのイラスト
です。
まず、「彼女」の願いごとについて、老人は「普通の女の子が願うようなこと」ではないと驚いています。
そんな老人に対して、「彼女」は、
もちろん美人になりたいし、賢くもなりたいし、お金持ちになりたいとも思います。でもそういうことって、もし実際にかなえられてしまって、その結果自分がどんなふうになっていくのか、私にはうまく想像できないんです。
『バースデイ・ガール』より引用
と言っています。
ということは、自分に関する願望ではない可能性が高い。
また、「僕」との会話で、「彼女」はこうも言っています。
「人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。」
『バースデイ・ガール』より引用
この人生観は、老人と話していた当時から持っていたものなのか、十数年の間に身につけた人生訓なのかはわかりません。
ただ、やはり自分の人生に対しては大きな期待を持っていないようです。
また、「時間がかかる願いごと」であることも「僕」との会話で明かされています。
数十年後に、自分ではない何かに対する願いごと…
最後のヒントとなるのが、カット・メンシックさんのあるイラストです。
「あかちゃんの脚」が描かれているイラストがあるんです。
もしかしたら、「将来生まれる自分の子が幸せになってほしい」という願いだったのではないでしょうか?
「私は今、三歳年上の公認会計士と結婚していて、子どもが二人いる」
『バースデイ・ガール』より引用
と、村上さんは、十数年後の「彼女」に語らせています。
そして、『バースデイ・ガール』というタイトル。
これらを伏線として回収すると、
「将来生まれる私の子どもが、すてきな20歳の誕生日を迎えられますように」
というのが、「彼女」の願いだったのではないでしょうか。
以上、私の考察でした。
まぁ、村上さんが答えを想定していたのかわかりませんが。
まとめ:村上春樹の美しき短編『バースデイ・ガール』彼女の願いごとを考察【書評7】
村上春樹さんの小説を考察することなんて、今までありませんでした。
どちらかというと、村上さんの文体にじっくり触れたいタイプの人間です。
『バンパーはへこむためにある』
『バースデイ・ガール』より引用
なんていう表現に出会いたくて、村上作品を読んでいるようなもんです(笑)
村上春樹さんの小説が好きな人はもちろん、初めて村上作品にチャレンジするというかたにも、おすすめの1冊です。